大学の数が多すぎる
2025年09月19日
少子化が問題になって相当な年数が経過しましたが、学校の数が多いので、義務教育から高等学校については、統廃合が進められており、子供会などの組織も廃止されるようになっているようです。
当然の措置だといえるでしょう。
二つある小学校を一つにしたらそれだけ市町村の予算は削減されますから、多少通学距離が遠くなったとしても、スクールバスなどの利用などでまかない、少ない子供の学校を合併させるのは当たり前の行政処置だと思います。
公立の場合、県や市町村が受け持っているので、無駄な予算は付けられませんから、世上に見合った対策でしょう。
しかし、大学はどうでしょうか?
いわゆるFランと呼ばれるような偏差値の低い大学がどう考えても多いように見えます。
大学は、大卒という資格を取る為にあるという考えはどうかと思いますね・・・
高等学校の上の教育を受けるというより、自発的に学ぶ場が大学の本質だと思います。
子供が少ないのに大学の数は多いという事は、入学金や学費などの都合がつく環境の者であれば、又は奨学金という名の借金を活用してどうしても大卒になりたいという者は学力が無くても大学に入れるという事になります。
そうなると、名ばかりの大卒という者が増加し、大卒なのにブルーカラーの仕事は出来ないという考えになり、人手不足になります。
昔から大学にも、誰でも入れるような低レベルな大学はありました。
しかし、そんな所を卒業したとしても、履歴書を見られたら、優良企業には入れませんでした。
今でも、Fランと呼ばれるような大学では、なかなか大手企業には入れないでしょう。
しかし本人にとってみれば、大卒は大卒だというプライドはあるようで、大手は無理でもホワイトカラーの仕事じゃなければ仕事はしないという者は多いように見受けます。
中には、自分の分相応をわきまえて、焼き鳥屋の店員から始めて、店長になり、その後独立して数店舗の店を経営しているというFラン卒の剛の者も居ます。
しかし、それであれば、わざわざ大学に行く必要は無く、四年間の学生生活は無駄とは言いませんが、もっと早く実社会を勉強できたでしょう。
何が言いたいかといえば、社会はピラミッド式になっており、少数の上層の者が多くの下層の者を使って成り立っているのが現実だという事です。
自分の学力では、大学に行けないという風にして、大学の数を制限すれば、高卒で働く者も増えるでしょうし、中には中卒で働く者も増えるでしょう。
社会の多くの者がホワイトカラーにはなれないのが実態であって、現状の人手不足は、ブルーカラーの仕事にはつきたくないという心理からなのが一つの原因であるのは間違いありません。
この仕組みを変えれば、わざわざブルーカラーの仕事の為に外国から人材を持ち込む必要もかなり減らす事が出来るでしょう。
前述したように、どんな仕事でも経営的な才覚を発揮すれば、最初は丁稚奉公のような環境になるかもしれませんが、いずれ独立して経営者になる事も可能です。
それには、四年間もろくな勉強もせずに学生生活を楽しんで名ばかりの大卒になり、どこか適当な会社に入って言われた事をやっていればいいという考えでは無理な話です。
そしてちょっとでも気に入らない会社であれば、別の会社に転職すればいいという昔であれば考えられないような状況が現状です。
確かにブラック企業にずっと居座る必要はありませんが、入社する時点でどのような会社なのか調べられないようでは話になりません。
どちらにしても、Fラン卒では一流企業からは面接すらしてもらえないでしょうから、数ランク落とした会社にしか面接を受ける事は出来ないので、実際はどんな会社なのか分からないという一面もあるでしょう。
空前の人手不足なのですから、例えブルーカラーの仕事でも、まともな会社であれば、実力を発揮して会社の戦力になると評価されれば、放したくない人材と認められるでしょうから、収入の面でも優遇されるでしょう。
そこにはもはや大卒という学歴は必要ありません。











