大河ドラマでついに出ました一向宗との闘い
2023年02月21日
昨今、宗教がらみの問題が国会でも取り上げられている状況です。
いわゆる新興宗教の営利主義の問題です。
元総理の安倍さんも、この宗教の問題での凶弾に倒れました。
今、この時代においても、このような事件が発生する事に驚愕をおぼえました。
そんな新興宗教や、似非宗教ですが、戦国時代においてものさばっていたのは歴史が物語っています。
そして、今現在最新の大河ドラマにおいても、その背景が演じられようとしております。
戦国時代の当時、最下層である百姓などの民は、戦が始まれば足軽として呼び出され、平時においては肉体労働の末に収穫したものを年貢として取られてしまうという奴隷のような生活だったのでしょう。
そこへ救世主のように現れた知性を持った坊主が言葉巧みに精神を操っていったというのが真相だったのではないかと思います。
最初は、本当に酷い仕打ちを受けている民に対して救いの言葉を教義によって説いていたのかもしれませんが、そのうちに学の無い民から崇め奉られ、本来の教義を逸脱していってしまったのかもしれません。
つまり、僧侶といえども人間であり、仏様ではないという事です。
これを第一義としたのが浄土系の宗派であり、悟りがひらけない、人間と言う肉体を持った者においては、現世においては悟る事は不可能であり、生前に南無阿弥陀仏と唱えておけば、死んだら阿弥陀如来が極楽浄土へ連れて行ってくれるという教義が根底にあります。
これを考え違いをすると、であれば、どうせ死んだら極楽に行けるなら生きているうちは何をしても良いであろうという考えになってしまいます。
現に、浄土真宗の開祖である親鸞聖人においては、悪人こそが救われるという教義を言ってしまい、その本来の意味を間違えた者が続出してしまった事から、この教義を封印してしまったという過去があります。
この教義をそのまま使わずとも、仏教に対する弾圧について、仏敵とし、本来は戦うという事は無いともいえる宗教において、僧兵等という戦闘員を配置したり、酒や肉を食らい、女犯まで行い、煩悩の限りを尽くしながら、土地の権力者と結託し、下手をしたら日本全国を我がものとしようとしていたふしもあると思われます。
現代においても、僧侶という身であっても、普通の社会人と何ら変わらぬ生活をしているのが事実です。
いわゆる葬式仏教、葬式僧侶です。
正式に認められている宗派の者ですら、これですから、新興宗教の内情がどれだけ乱れているかは少し考えれば想像がつくことでしょう。
困ったことがあれば、何かにすがりたくなる気持ちは分かりますが、それを改善できるものは自分自身でしかありません。
宗教を全て否定はしませんが、本来の教義を逸脱した事を言っていたり、言っている坊主や神官などに惑わされる事のないようにしていただきたく存じます。
これは過去に宗教家に振り回された依頼人様の悲しい現実を知っている身であるから言える事なのです・・・